多事空論【コメントよろしくお願いします】

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ウィルコムの利用料金のおしらせ (続)

Note:---あちこち補綴、04/06(土)---。

 10日程前に書きかけたが、風邪でダウンして、尻切れトンボになっていた。

 したがって、ウィルコムとの交渉は、再開されてない。

 前稿で記したように、この度の「お知らせ」でも相変わらずパケット料金が請求されかつ、引き落とされていた。

 前回あれほど口を酸っぱくして、不当性を主張して、やっと返金の約束を得てていたにも拘らず、▲の減額項目も一切無く、のみか途切れることなく、請求が続いているのだ。まともな精神ならこの種の継続的請求は先月止まりである筈なのに、理解に苦しまむ。

 パケットを請求するならそれなりの手続きが必要で、但し書きで明記ある様に日付け、相手先、度数等の利用痕跡=実績を累積的に披歴して、それらを会計期間の総体として、月締めに請求すべきあろう。このことは、税務署も同意見で筆者の主張を支持してくれた。

 使用した覚えもないのに、送られて来たメールを何事かと思い、通覧すべく画面を通過して行くだけで利用したことになってしまう器械設定がある様で、これアザトイ手口である。

 仮令そうであっても、パケットにならないよう地元のショップに申し入れてあったのにこの始末で、頭に来ている。この会社は、バラバラで電話をしてくれるようことづけを依頼していても、直接コンタクトしてくれと言われ、手間がかかる。

 このような会社を〇〇ヤ的企業と定言するのであろう。

 第一、料金が高過ぎる。一家三人(一人は980円)で18,000円も月かかっている。固定電話もあることだから、6,000円は如何なものか? 

 筆者は、携帯から縁を切ることが家計的にも、社会的にもイイと思っている。

 携帯だの、スマホだのと振り回されている内に、貴重な時間と金員を無駄にしているとしか思えない。電車内も大学の講義室でも、それらが主人公になってしまっているような気がする。あんなに頻繁に交信したり覗いていたら、落ち着いた人格は形成出来まい。対面中も中断ばかり闖入して、落ち着いたか話も出来ない。軽薄短小な人間が支配的な社会になり、勢い情報操作され易くなってしまうのがオチである。

 とどの詰まり、砂のような、草のような国民だらけになってしまうのではないかと危惧されてならない。

 情報に弱い反応型人間の主流化は、亡国への途である。じっくり本質にわたって物を考える人格の希少化は、人口減という物理的側面と共に日本衰滅の指標の顕れである。    医師にしても、症状の表面的視察でだけに傾き、背後に伏在している源発の洞察に到らないので、チットモ治らない。藪医者ほど儲かる仕組みになっている。保険が生活保障しているから、誤診だろうと出来高払いゆえ、医療水準は下がる、保険料は上がる一方である。これぞ「親方日の」の典型である。「悪貨が良貨を駆逐する」システムになり果て、食い物になっている。厚生官僚が絡んでいるので余計で、将に官許の伏魔殿である。

 最高裁でのイレッサ(肺がん治療薬)判決も、患者側の敗訴に終わったことからも分かるように、国や行政の責任は決まって不問である。無辜の患者側の主権者たる国民の利益は守られず、十分に知識情報がある国や製薬会社が勝訴したのである。被害者敗訴、加害者勝利。弱きを挫き強きを扶けるの今日版である。

 国家公務員が雇用主、スポンサーたる国家や有力製薬会社の不利益になる判決を出すわけがない。

 判決は初めから予定調和的で、被雇用者が雇用者たる任命権者に逆らうわけがないのである。そもそも裁判官たるものヒラメ的人格の持ち主で、そのような品性を買われて採用になるのであって、いわんや最高裁の判事は国家や体制に忠実な人材が慎重にも慎重に任用されているのである。彼ら政権の変遷には殆んど無関係に、保守本流にそのものである。

 総選挙の際に信任投票があるも、形骸化していて、×を記さなければ自動的に信任ということにされているが、逆にするだけで裁判官の質の向上になろう。

 白紙/無記名は不信任、或いは、もっと突っ込んで積極的に〇と記載無きものは信任ではないということにしてはどうだろう。従来のやり方は、信任意思が確然としていない。

 有識者らしい人物が最高裁判事として内閣によって任命されているが、1%以下の確率で、かれら世俗の垢にまみれそれを要領良くかい潜って来た輩ばかりである。良心、魂を売らなければそれまでになれなかったのであり、近いところでは御用学者という徒輩に実見したところである。

 人の値打ちは、人臣位を極めることでなく、市井にあって四周から自ずと敬愛されているかによる程度によろう。力や利によらないで、理の高邁さに従っているものであって、地位無く貧しい者に限られるのである。金襴緞子の法衣や帽子とはむしろ無縁なんだろう---聖書や仏典に、紛れも無くくどくど書いてあるではないか。質実剛健、Simle Life,High Thinkingがよろしいようで---。 

 悪質風邪での病臥中にインパール作戦の戦記物あれこれ読んだが、主導した軍事人、政治家、どれもあの世で浮かばれまい。後世の時代法廷、もしくは、歴史法廷とも言うべき機関---この種の考えは、ユートピアに属し、死すべき人類が絶滅してもあり得ない観念的平衡装置であろう---で裁かるべきで、名誉剥奪に値し、贖罪一向せねばなるまい。この世が表とすれば、あの世は裏で本質が支配するであろうから、褒貶転倒必至だろうが、一例としての中国人に根付いた道教的来世観は彼岸でもそれ破壊的な禍になろう。これは彼岸だけの問題ではないのである。福沢諭吉が夙に喝破した、日本の不幸は中国、朝鮮を近隣国に有することだに想到すべきである。米ソ中と北朝鮮を仮想敵国と持ってきた来た日本は、併呑の途か、自然消滅しか無かろう。  

 日本に限って310万人(太平洋戦争での死者?)とは言わないが、悪徳に仕えた輩ども、虚名を挙げた勢力はあの世で犠牲者から厳しく糾弾を受けているだろう。所詮万事、ゼロサム世界であり、ニュートンの第三法則F+(-)F=0が二世に亘って働くと考えたいものである。この世では通っても、あの世では浮かばれていまい。百万遍南無阿弥陀仏を唱えても罪障消滅にするほど、仏も寛容でなかろう。罪業、声明を唱えるだけで、いくら大慈大悲と言っても、救済されるという安易なものでないと思料される。キリスト教で言う最後の審判の態、実見したいものである。カルビン派ではないが、救済されるのは予め決まっているという教説に傾きたいところである。禿鷹ファンド(国籍無き投資集団)とそれに場を与えた各国のエスタブリッシュメント---直近ではアベノミックス(レーガノミクスとその亜流に倣って世界化されている)---の凱旋的勝利は、後は野となれ山となれで結果責任は取らない、怨嗟を以て終わるであろう。

 最後に、話戻って、ウィルコム、ハゲタカ企業の誹り免れまい。独禁法に関わる我が国の公取も、アメリカでのような切れサッパリない。かの国でのように逮捕も収監も一向無いのは、眠り過ぎではないか? アジアの資本主義や社会主義の国々に、自らを律する自浄作用が希薄なのは、何故か? これがイスラム圏にも及ぶから、これらにおいて救いを求めるのは、仏説に如く一切は無に徹するしかないのであろうか?

 熱っぽい体調で書いたものゆえ、誤字脱字、文意の整わぬ所あらば、海容乞う。

       2013.04.03(火) 14:52